うさぎ小屋

大学生活、一人暮らし、芸術、勉強などについて綴っていきます。

ごめんなさい

愛されたい。そのためにはかわいそうと思われなければならない。

元気になってはいけない、安心してはいけない。

 

そしてそのうち本当の強い不安がやってくる。

自分で自分に安心することを許せないから、そこで初めて薬に許してもらう。

 

完全自殺マニュアル』を読んで分かったことは、私には自殺は無理だということ。

なぜなら失敗したときの苦しみや、死ぬ間際の苦しみが恐ろしすぎるから。

たとえ一瞬であったとしても。

 

だけど、心配してもらいたいなら自殺未遂くらいしとかないとな、とか思ったりもする。本当に苦しかったら誰でも死にたくなるものかな?

 

私もパニック発作が起こったときなんかは衝動的に飛び降りたくなったことあるけど。今住んでる部屋が一階でよかったと思う。

 

なんか、死にたいと思った方がいいんじゃないかなんていう変な考えが出てきた。

死ななきゃいけないのに死ねない。

 

別に死にたいわけじゃないのに、

一人でいると無意識に死にたいという言葉が口をついて出てくる。

 

いや、きっと死にたいのではなく、愛されたいのだ。

愛されないから死にたいのではなく、死ねないから愛されたい。

好きな人に抱かれたい。

 

病院に行こうかな。

だけどそれは治したいんじゃなくて、病気って認めてもらいたいからなんだろうな。

病気だったら気にかけてもらえるし、自分を許せる気がする。

 

こんなこと言っちゃいけないってわかっているけれど、病気になりたい。

死んじゃうような病気。

そうしたら好きな人にお見舞いに来てって頼んでも許される気がする。

 

自分より弱そうな人をいじめたい気持ちが止められない。

その人が私に何かしたわけでもないのに。

その人といるとイライラが止まらない。

 

私が自分のことを人間的にダメなんだろうなと思うのはこういうところ。

私の優しさは弱さの裏返しなのかもしれない

人に優しくしたい、と思うのはなぜだろう。私の場合はたぶん自分が優しくされたいから。別にそれ自体は悪いことではないけれど、私の優しさは弱さの裏返しなのではないかと思う。いつも人の顔色をうかがって、その人に合わせる。自分の尺度でものを言って、馬鹿にされたり怒られたり批判されるのが怖いから。ちょっとでも否定されると私はもうだめになってしまう。もともと自分で自分を否定し続けているから、それ以上誰かに何かを否定されるともう心が持たないのだ。

そういうわけで、私ははっきりとものを言えない。言えないだけならまだしも、自分が本当は何を思っているのかわからなくなってしまうときさえある。空っぽになってしまう感覚がある。だけど、とりあえず優しくしていれば、相手から攻撃されることはほとんどない。つまり、人に優しくするのは、そうしてるのが楽だから。(もちろんいつもそうというわけではないけれど。)だから、人の優しさを素直に受け取れなかったりする。逆に、もっと怒ってほしい、けなしてほしい、と思う。否定されるのが怖いと言っているくせに。私は「優しい空間」が嫌い。まるで過保護な親の支配下にいるような気持ちになる。それぞれが自分に正直でいられる空間に居たい。もっと刺激が欲しい。

ということで、今年の夏休みは旅に出ます。

うさぎ

死んだはずのうさぎが生きて私の目の前にいる。そのうさぎはとても痩せて弱っていて、今にも死んでしまいそうだ。ケージの中で目を閉じたり開いたりしている。私はうさぎが生きていることに戸惑うと同時に、しばらくエサをあげるのを忘れていたことに気づく。そのせいでこんなに衰弱してしまったのだろうか。いつ死んでしまうのだろうかと心配になる。

 

小学校1年生の時に、近所のおじさんにうさぎをもらった。全体的に灰色で手足だけ白く、もらったときは両手の上に載るほど小さかった。耳が長くてかわいかったので、「みみ」と名付けた。本当にきれいなうさぎだった。基本私が一人で世話をしていた。かわいくてしょうがなくて、じーっと見つめたり、頭をなでたり、絵を描いてみたりしていた。

私はそんなふうにみみさん(なぜか、さん付けで呼んでいた)をとてもかわいがってはいたのだけど、もっと外に出してあげればよかった、と今でも後悔している。ほとんどケージの中に閉じ込めていた。エサをあげるのもときどき忘れた。

私が中学校3年生のときのある日、みみさんの息が苦しそうになっているのを見て、母が病院に連れて行った。私が学校へ行っている間に。学校から帰ってくると、みみさんが死んでいた。お医者さんによると、肺に水が溜まっていたそうだ。注射を刺してそれを抜いている間に、パタッと倒れてしまったらしい。

 

それからというもの、生きているみみさんを何度も夢で見る。多産なうさぎは生命力の象徴でもあるのだそうだ。

家でひとりでおどっている(たまに)

一人暮らしは自由だ。

家族に見られる心配もなく恥ずかしいことでもなんでもできる。

 

私は20歳になったらしたいことがいくつかあるのだけど、

そのうちのひとつがディスコクラブに行くこと。

 

映画を見てその存在を知り、行きたいと思うようになった。

 

みんなで一つの音楽に合わせて思うままに体を揺らす、

そんな空間に憧れる。

 

この曲好き。


Earth, Wind & Fire - September

タイトルは決められませんでした

考えがまとまらない。書けない。

 

もともとこのブログは調子に乗ってハイになってるときに始めたものだから、

いつかはこうなると思っていた。

 

始めたばかりのときはすらすら言葉が出てきたのに、

最近はしょっちゅう手が止まる。

 

思っていることは山ほどあるのに。

思いつきで言葉を並べても支離滅裂になってゴミ箱行き。

 

きっと、いいものを書きたいという欲が出てきてしまったからだろう。

あと、読者の目とかも気になり始めてしまったのかもしれない。

 

自分の中での、書いていいことの基準が厳しすぎるんだ。

 

あれもだめこれもだめ。

文章が分かりづらい、独りよがり、誰かの真似、つまらない、きれいじゃない、まじめすぎる、優しすぎる、厳しすぎる…

 

このブログでだけは、自分の見せたい自分を見せられる気がしていたのに。

 

最近なんかおかしい。

神経質すぎるし、冷静な判断ができなくなっている。

 

自己嫌悪に陥ってイライラする。

衝動的になって取り返しのつかない状態になる前に、思考停止しようとする。

だけど、そのうち思考停止している自分が嫌になって、イライラする。

そしてまたいろいろ考え始めるけど、頭が働かなくて混乱状態。

 

 

はあ。ドイツ語の予習しなきゃ。

 

体に悪いことをしたい

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最近めずらしく食欲がない。

寝起きも悪いし、学校から帰ってくるとふらふらだし、貧血かな?

 

貧血の症状にはこんなのがあるらしい。

  • 耳鳴り
  • めまい・立ちくらみ
  • 動悸・息切れ
  • 疲れやすい
  • 寒さを人一倍感じる
  • 食欲がない
  • 顔色が悪い

なんだかフラフラする…。意外と知らない貧血の種類と様々な症状 | いしゃまち

 

というわけで、今日はスーパーで鉄分が入ってそうな食べ物をいっぱい買ってきた。

あさり、ほうれんそう、プルーンドリンク、レバー…

 

本当はあさりもプルーンも大っ嫌いなのに。

 

あさりは砂っぽいときあるし、いつまでも口の中に残る。

 

プルーンは給食で食べた時から嫌いになった。

かじったら、中に虫の卵が大量に入っていたから。

(給食については他にも悲惨な思い出があるから、いつか取り上げて記事にしてみたい。)

 

実は、こんな風に食事に気を使ったり、健康に気を付けたりしてる自分がときどき嫌になる。

私にだって、体に悪いことをしてみたくなるときがある。

 

私は健康にうるさい家庭で育った。

そのせいで異常なほど自分の体に神経質になってしまった。

たまに起こすパニック発作も、これが原因の一つなんじゃないかと思っている。

 

親の呪縛から解放されたい。

そういう意味もあって、体に悪そうな食べ物も買ってきた。

 

「チョコミントパンケーキ」

 

コンビニの、チョコミント流行らせよう作戦にまんまと引っかかってしまった感が否めない。

 

写真のパンケーキの色を見てほしい。

見事に食欲を無くしてくれる。

 

水色って自然界にはなかなかない。

私が今思いつくのは水色と黒のカミキリムシくらいだ。

 

2枚のパンケーキの間にはミントクリームが入ってるんだけど、

パンケーキの粉っぽさと合わさって

ちょうど歯磨き粉を食べているような感覚になる。

 

私はチョコミントアイスとか大好きなんだけど、

これははっきり言ってまずい。

 

おいしくて体に悪い食べ物ならまだいいけど、

おいしくなくて体に悪そうな食べ物なんか食べても意味ないなと思った。

 

以上、臆病者の地味な試みでした。

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映画『コーヒーをめぐる冒険』

最近、朝一杯のコーヒーを飲むのが習慣になっている。

どうしようもない朝の不快感を軽減できて、とても良い。

 

そこで、今日はコーヒーにまつわるおもしろい映画を紹介する。

 

 

なぜかコーヒーにありつけない一日の物語。

悩める青年ニコと、ちょっと変わった人たちとの出会いを

コミカルかつどこか悲しげに描いている。

 

 

私もこの映画の主人公ニコと同じで、自分自身に悩んでいるわけだけど、

悩むって、常に不安が付きまとう。

悩んでも答えが出ないかもしれないし、

答えが出たとしても間違っているかもしれない。


悩み続けるだけで、幸せを手にすることができないまま

人生が終わってしまうこともあるかもしれない。

それでも悩まずにいられない、

なかなか行動に移せない、

言葉にできない。

 

とりとめのない考え事、悲観的な自己分析で終わる毎日。 

どうでもいいことが頭から離れなくて自己嫌悪。 

 

自分で考えぬくことができたとき、自分の向かうべきところが見えてくるのかな。

違和感を感じたまま人に合わせていても、ずっと私は偽物のまま。

 

大事なのは他の人があなたをどう見るかじゃなくて、

自分がどう生きたいかだよって言われた。

 

だけど、言い訳をさせてもらえるならこう言いたい。

自分が何をしたいのか、どう生きたいのかわからない。

 

うなっちゃうのも無理もないよね?

 

だって、ずっとやるべきことに追われて、

親の期待に応えようと必死で今まで生きてきたのだから。

 

自分がしたいことなんて考える暇もなかったし、

そんな考えは邪魔だとすら思っていた。

 

だから、いきなり他人の目を気にするなと言われてもそれは無理だけど、

ちょっとずつ自分のペースで考えていこうと思う。

 

そして、できるだけ考えを行動や言葉にしてみよう。

 

道を踏み外そう、失敗しよう。